こどもの城
財団法人 児童育成協会
このコラムは、〔こどもの城友の会〕の情報誌「友の会通信」に1999年から掲載されているものです。保育研究開発部のスタッフが、日常の保育の様子を交えて、子どもたちの生活に関するワンポイントアドバイスをしています。
2005年
 
11月
ねんどあじ
9月
思い出できたかな?
7月
ゲームの神様
5月
チビッコ海賊の襲来
4月
おおきくなる魔法
3月
3月の声を聞くと
2月
豆まき
1月
お正月
 
ねんどあじ
 〔こどもの城〕の秋の20周年記念イベントで幼児グループ(4、5歳児)の子ども達が、カフェを開くことになりました。本番に向けて練習をしていた時のことです。カフェのメニューは、さつまいものおにぎりと、さつまいものケーキです。幼児グループの子ども達は、ウェイターとウェイトレスになってメニューを紹介したり、お皿におにぎりとケーキをのせて両手で上手に持って「お待たせしました」と運んだりします。お客さんがテーブルに置いた食券を見て注文を確認したりもします。練習の時のお客さんは、主に3歳児の子ども達と保育者です。
 この日は練習なので、うそっこのおにぎりやケーキです。三角に握った粘土のおにぎりと四角に切られた粘土のケーキです。お客さんになった子ども達は、ウェイターが目の前にお皿を運んで来ると「もう食べて良いの?」「いっただきまーす。むしゃむしゃ。あぁおいし〜」と、さも本物らしく食べる真似をして、上手にお客さん役をしていました。でも・・・でも、楽しそうな子ども達の中に、顔を歪めている3歳児のT君がいるではありませんか。保育者がそばに行ってみると、粘土おにぎりのお山のてっぺんにくっきりと歯型が!!口も何かもそもそと・・・「わ〜本当に食べちゃった・・・?」と保育者は急いでT君を水道へつれて行き、うがいをさせてすっきりさっぱり。「あ〜びっくりしたわ」と保育者。T君はしぶーい顔。
 練習のカフェは、3回に分けて開店しました。私はT君がうっかりかじってしまったことをこっそりと聞いていてました。そして、私は3回目の時にT君と同じテーブルに座り、お客さんをしました。「もう、食べて良いかなぁ?」とつぶやく私に「ダメ、食べちゃダメ!!」とT君が止めました。私は「さっき、ウェイターさんが『お召し上がり下さい』って言ってたよ。みんなで食べようよ」と言うと、T君は必死に「ダメだってば!!」と言います。私がT君の耳元で「T君、さっきは本当に食べちゃったんだって?」とささやくと、T君はちょっと気まずそうな顔になりました。私は「大丈夫、本当には食べないから安心して。ところでT君どんな味だった?」とそっと聞くと「・・・ねんどあじ」とT君も肩をすくめて笑って答えてくれました。(ウフフフフ・・・)
(2005年11月)
思い出できたかな?
 今年の夏休みは、どんな思い出ができたでしょうか?子ども達にとって、夏休みは、始まる前も始まってからも終わってからも、どきどきするほど楽しいもののようです。子ども達の中には、日頃なかなかゆっくりと過ごすことができない、田舎のおじいちゃんおばあちゃんのところへ家族で出掛けた子どももいることでしょう。自分の家とは違う生活習慣の中でしばらく過ごす経験をしたり、時間を忘れて自然の中でいっぱい遊び、いろいろなことを見つけたり、出掛けなくても夏休み中にあった身のまわりのことを話してくれたりする子どももいます。
 休み明けの初日は、子ども達は久しぶりに友達や先生に会えたことの嬉しさと、夏休み中に経験した出来事を誰かに話したくてたまらなくて、やや興奮気味になります。「ねぇ、先生聞いて聞いて。僕はおじいちゃんと釣りに行ったよ」「私だって、おばあちゃんとお買い物に行ったのよ」「私なんか飛行機に乗ったよ」「僕はプールで潜れるようになったんだよ」「僕なんて、トーマスランドに2回も行っちゃった」など次々に“こんなにもすごい楽しいことをしたんだ”と友達や先生に話してきます。しかし、残念なことに保育者には2つの耳しかありません。あっちへうなづき、こっちへうなづき大忙しになり、こちらから質問したいことがあっても、とりあえずは我慢しています。何日か経ち落ち着いて、「○○ちゃん、夏休みの間にすごい背が伸びたね〜」と言うと、「私のいとこの○○ちゃんは、もっともっと大きいんだよ」と腕を伸ばして話し、その子のすごい所をたくさん話してくれます。また、図鑑をみていると「うちのおじいちゃんは、カブトムシをつかまえる名人なんだよ」など、夏休みに経験したことを生き生きと話してくれます。子ども達の中には、最初は、表面的なことしか話さない子どももいますが、しばらく経つと、「あのね、僕ね、おばあちゃんちで花火もしたんだよ」とポツリポツリと話し出す子どももいます。・・・「ところで、先生は夏休み何してたの?」と5歳児のYちゃんから質問をされて、「ん?えっとー・・・」と言葉を少しつまらせ、「いつもより、ご飯をもりもり食べたよ」と答えてしまいました。
(2005年9月)
ゲームの神様
 〔こどもの城〕の幼児グループ(4,5歳児)宛てに「ゲームの神様」と名乗る者から手紙が来たことがありました。「こんにちは、幼児グループのみんな。わしは、ゲームの神様じゃ。楽しく遊べるゲームをたくさん知っておるぞ。毎日元気に遊んでいる君達に、特別にゲームを教えてあげようと思って、手紙を書いた。さぁて、ちょいと難しいが、できるかな?それでは、楽しく遊んでいる様子を空から見ているぞ。気に入って遊んでくれたら、また新しいカードをプレゼントしてやろう。はっはっは〜」紫色をした神様の手紙はまるで巻物のようで、雲のような綿や、竜巻のような砂なども付いていて、筆が風に揺れるような文字で書かれていました。「見せて見せて」と子ども達はその手紙に群がり「ゲームの神様は、きっと雲の上に住んでるんじゃない?」「この砂、きっと天の砂だよ」などイメージを膨らませていました。プレゼントされたゲームカードには、ゲームのルールが書いてあって、保育者が「(神様の声を真似をして)一、椅子をまぁるく並べて内側を向いて座〜る」と読み上げると、あっという間に子ども達は協力し合ってきれいな丸になりました。ルールもすぐに覚えてしまいました。
 それから一ヶ月が経ち、色々なゲームが楽しく進められるようになった頃、子ども達の中には知恵を働かせて、時々ズルをしてみる子ども達も出てきました。ゲームが中断されてしまうくらいのズルになると「○○くんがそういうことすると、ゲームの神様は新しいカードをプレゼントしてくれないかもよ」と友達に注意する子どもも出てきました。そして、保育者がゲームカードを取り出し「そうだね〜、どれどれ?何て書いてあったっけ?」と子ども達と一緒に確かめると、みんな納得してすぐにゲームを再開することができました。
 これは、大人の仕掛けに子ども達が乗ってきたのですが、子どもは大人が思う以上にイマジネーションんが豊かです。子どもとの遊びの中で、時には目に見えないものを想像したり信じたりして遊ぶこともなかなか楽しいものです。
 例えば、家庭で玄関に置いてある靴の中や家のポストやベランダなどに、ある日突然不思議な手紙が届く・・・。それを見つけた子どもは、驚きとワクワク感でいっぱいになり「パパ〜、ママ〜!何かお手紙がある〜。ねぇ読んで読んで」なんてことになり、遊びが始まったりするかもしれませんよ。
(2005年7月)
チビッコ海賊の襲来
 〔こどもの城〕の5階には、保育スタッフの仕事場であるスタッフルームがあります。日頃から子ども達は「このお部屋で、先生達は何をしているのだろう?」と興味津々のようです。大人しか居ないその部屋は、子ども達にとって大人が思う以上に魅力的にうつるのでしょう。たまに、熱を出したり膝をすりむいたりした時には、先生と一緒に入ることができますが、元気な時に入るチャンスは、そうはありません。しかし、子ども達は、スタッフルームは“勝手に入ってはいけないところ”だということを、実はちゃんとわかっています。遊ぶ部屋ではなく、大人が大事なお仕事をする部屋だということを・・・。
 スタッフルームをのぞくのは、子ども達にとってちょっとした楽しみになっているようです。昼食中に保育室をそっと抜け出しては、スタッフルームのドアを開け「先生達も、ご飯食べてるんだ〜」と言ってきたり、突然ドアをバッと開けて「先生、何してんの?」と一人の子どもがのぞくと、つられて後ろから身体を乗り出し「私にも見せて」と言わんばかりに顔を出す子どもや、まるで忍者のようにほんの少しだけドアを開け、隙間から片目をのぞかせ、見つかるとさっと居なくなる子どももいます。また、おやつ時には「あ〜!先生も大人のくせにおやつ食べてる〜!」などとスクープされてしまうこともあります。しかし、勝手に入ってはいけないということは、先生達に言われていて良く分かっているので、決して入り口付近より中に入ってくることはありません。
 そうやって守られてきたスタッフルームに、ある日5歳児のN君が、無意識に何となくいつもより中に入りこんできました。スタッフにどうしても伝えたいことでもあったのでしょう。遊びの途中だったのか、頭には布を巻き、手には新聞紙で作った長い棒を持っていました。海賊?のつもりでしょうか。一緒に遊んでいた男の子2人も、その様子を見て「あれ?何でN君は中に入っているのかな?」と不思議そうに、羨ましそうな顔をしながらも一緒に中に入りこんできました。そこからは、そのチビッコ海賊3人組はあれよあれよと侵入距離を伸ばして行き、そんなつもりではなかったN君もその雰囲気につられました。「よし、行くぞ!」「おぅ!」と、紙や封筒が入っている引出しを開けて大喜びです。海賊の姿に扮すれば、少しは許されるだろうと勢いを付けたのでしょうか。「ここは、先生達のお仕事するところで、大切なものが入っているから、みんなが触っちゃ困るのよ。お部屋で遊んでらっしゃい」と言っても、海賊3人組には通じません。「次はこっちだ〜」「おぉ!」「宝が入っているぞ!」と次々に引き出しや、棚やゴミ箱の中までのぞいていました。
 このチビッコ海賊の襲来は、先生のお片付けの合図と共に、落ち着きました。それから1ヶ月くらい経ちましたが、再び現われてはいません。
(2005年5月)
おおきくなる魔法
 新学期が始まりました。保育クラブでは、新しい子ども達も仲間入りし、みんなワクワクドキドキしています。
 5歳児のJ君は、今年度ついに年長児になりました。J君は、3歳児から保育クラブに通っている男の子です。そのJ君が、保育が始まった日に、窓口にやって来て「おはようございます」と今までで一番生き生きとした表情で、あいさつをしてくれました。もっと小さい頃は、照れながらほんとに小さな声で「・・・おはよう」と言ったり、お母さんに促されてやっと「おはよう」と言うのが、彼のスタイルだったのに・・・。
 子ども達は、誕生日を迎えるごとに「ねぇ、知ってる?今日、僕のお誕生日なの。5歳になるんだ」と嬉しそうに、何度も言います。私達大人は、ひとつ歳を重ねるのがそんなにも心踊らせる出来事だということを、忘れかけています。
 子ども達と接していると、時に急に「おおきくなる」ということに気付かされます。昨日まで自分では靴を履かなかったので「履けるかな?」といつものように声を掛けながら手を貸すと、「自分でできる!私、もう4歳なんだから」と言われ、そのたくましい姿に驚くことがあります。つい1週間前までは、泣き虫でお母さんと離れられずにいたのに、誕生日の後から急に泣かなくなって、お母さんに「帰っていいよ、あとでお迎えに来てね」と言い、大人が拍子抜けしてしまうようなこともあります。子ども達は、1年間ちょっとずつ経験を積み上げて、ある日を境に「密かな決心」をするのでしょうか。「僕は、もう5歳だから、こんなことだってできるんだ」「4歳になったら、お昼ご飯の時に、おかわりをするの」「3歳になったら、オムツじゃなくて、おねえさんパンツになる」など、子ども達は、いろいろな魔法を自分にかけては、大きくなっていくような気がします。J君にとって、窓口で元気に胸を張って「おはようございます」と言ったのは、密かな決心のひとつだったように私には思えました。
 大人は子どもに、何事も先へ先へと望んでしまいがちですが、時にはちょっと立ち止まり、子どもの中に生まれる密かな決心を「待ってあげること」も大切であることを、改めて感じさせられました。これから始まる1年間、子ども達がどんな密かな決心をして、魔法を掛けていくのか見ていくのがとても楽しみです。
(2005年4月)
3月の声を聞くと
 3月の声を聞くと、改めて子どもたちの成長を感じさせられます。
 4月当初、2歳児のY君は、初めての集団に馴染めず保育室に入ろうとしませんでした。自分のリュックサックを振りまわしては、くつ箱のところですわりこみ、保育者に向かって「ママに会わしてよぉ〜!」と大声を張り上げて怒ったり泣いたりしていました。保育者が、何をどう言おうと「帰るんだ!ママに電話して!」の一点張り。保育者は、しばらく様子をうかがい、Y君の主張を「そうだね、ママが好きだよね、会いたいよね」と声を掛けゆったりとのんびりと付き合いました。それが通じたのかしばらくすると、怒ったり泣いたりすることも嘘のようになくなりました。
 そんな頼もしいY君でしたが、2学期頃、体調を崩してお休みをしました。そして次の週にすっかり元気になってやって来ると、僕、今日来てるんだけど、なんか僕に言うことあるんじゃない?と言う顔で、私の方に近づいてきました。すると「僕来ないから、心配してた?」と話し掛けてきました。「うん、心配してたよ〜、会いたかったよ」と私が抱っこすると、とっても満足そうな顔をしました。こどもの城で遊びたかったけど、僕はお休みしてたんだ、みんなどうしてるかな?先生は心配したかな?と、小さな頭で考えていたのでしょうか。そして、保育者や友だちに会うこと、遊ぶことをいつも以上に楽しみにしていた様子でした。
 3学期になると、Y君は家の都合で時々しか遊びに来られなくなりました。久しぶりに遊びに来ると、Y君は「よっ!」と、まるで一人前の男の子のように声を掛けてくれました。
 Y君をはじめ、一年前の子どもたちの様子を懐かしく振り返りながら「どの子どももそれぞれに変わったな〜」と感じています。子どもたちが、幼児期に経験したちょっとした関わりなどを細かく覚えていることはないとは思いますが、このような経験が、何かに気付いたり自信を持つ力のもとになるのだと信じています。
(2005年3月)
豆まき
 2月3日は、節分です。節分は、季節の変わり目に起こりやすいとされている災い(天災・疫病など)を「鬼」に見たて、豆をまき追い払う行事だと言われています。保育クラブの子ども達も、健康でいられるようにと願いを込めて「福は内!鬼は外!」と元気良く豆まきをしています。
 しかし、「鬼」のイメージがなくては、豆まきになりません。節分までに、保育者は子ども達と色々な話をします。「みんなは、鬼を知っていますか?鬼は、恐い顔をしていて、醜い心を持っているのよ」と保育者が言うと、「ぼく知ってるよ、金棒を持っているんだよね」「私も知ってる、顔が真っ赤なんだよね・・・」などと3歳くらいになると、鬼は恐いものだというその子なりのイメージを持っています。また、大人はこの機会に子どもが自分の心の中にも目を向け、泣き虫鬼、弱虫鬼、意地悪鬼などに気付く良い機会になればとも思っています。2歳くらいの子どもだと、まだ「鬼」のイメージを持っていない子もいます。「○○くんは、2歳だから、お豆を2つ食べるのよ」と保育者に豆を渡され、ポカンと口を開けている子もいます。
 保育室では、保育者が毎年様々な趣向を凝らして節分を行ないます。子ども達の心に響く言葉も考えます。ある年の鬼は、シンバルのけたたましい音と共に子ども達の前に現われました。「お母さんがせっかく作ってくれたお弁当のおかずを、嫌いだからと言って残しているやつはいないか〜!!」「お父さんやお母さんのいうことを聞かないで、いつも好き勝手している奴はいないか〜!!」「いつも、泣いてばかりで弱虫なやつは、誰だ〜!!」「いつも、友達と喧嘩してばかりのいじわるな奴は、お前か〜!!」などなど、徹底的に悪役に徹します。顔が凍り付き、腰が抜けてしまったようになる子どもや、泣き出して保育者にしがみつく子ども達が多発する中、子ども達の味方である保育者が、リーダーシップをとって「鬼は、豆をまいて出るパラパラっていう音が大嫌いなの。みんなで豆をまいて悪い鬼を追払うわよ!」と、子ども達に声をかけます。子ども達は、手にした豆を力いっぱい鬼に投げ、床に落ちた豆を拾っては投げ、拾っては投げ、必死で戦います。そして、追払った後、「福は内」と、みんなの心の中にも福が訪れるように話をすることも忘れません。
 日常生活の中で、恐い思いをするというのもなかなかないものです。豆をまいた子ども達は、一皮向けたような表情になります。貴重な経験だなと思っています。
(2005年2月)
お正月
 お正月は、どんな思い出がありますか?凧あげや、かるた取り、おせち料理、もちつき、お年玉、初詣など色々な思い出があるのではないでしょうか。
 私は、お正月が大好きな子どもでした。小さい頃は、年賀状を書くのが好きでした。でも、はがきという限られた小さいスペースに、うまく自分の思いをおさめることができませんでした。また、字も絵も大きくなりがちで、裏も表も隙間がないくらいバランスの悪い絵や字を書きこんでいたように思います。そして、年賀状が届くのもとても楽しみでした。元日の朝、最初に郵便受けを覗くのは、私でした。何度も何度も覗きに行く私に、父母は「今日は、郵便屋さんは大忙しだからね。きっと、もう少し時間がかかるかもしれないよ」と言っていました。しかし、郵便屋さんとちょうどタイミングが合うと、玄関先で「あけましておめでとう、はい、どうぞ」と、厚みのある年賀状の束を手渡されることもありました。私は「年賀状たくさんきたよ〜」と嬉しそうに家族に知らせ、床にぺたんと座りこみ、何百枚もある厚い束を、父のもの、母のもの、兄のもの、私のものとトランプを配るように分けていました。そして、自分宛の年賀状をじっくりと楽しみました。
 それが終わると、おせち料理を家族そろって食べました。中でも私はお雑煮が大好きで、おもちのおかわりもたくさんしました。おせちを食べた後は、近くの不動尊へ初詣に行くというのが、私の家族の過し方でした。
 今は、元旦からお店を開ける所もあって、わざわざおせち料理を作ることも少なくなりました。しかし、新しい年を迎えるにあたってのお正月です。気持ちも新たに、いつもはしないこと、お正月だからできることをして家族で過ごしてみるのも思い出となるのではないでしょうか。
(2005年1月)
2005年